村上春樹はビーチボーイズのファンであることを公言してきたが、これがじつに大変なことであることはきちんと押さえておくべきだろう。
60年代の後期ぐらいからポップ・ミュージックは、闘争心をあおるようなハードな音が好まれるようになり、無垢なポップスはあまり聴かれなくなるばかりか、ほとんどバカにされるような風潮になる。ビーチボーイズのファンはこれに対抗してきたということだ。
たとえば、「
ダンス・ダンス・ダンス」の中で、五反田君を横浜まで車で送りながらビーチボーイズのテープを聴くシーンがある。そこで、五反田君は『グッド・ヴァイブレーション』からあとのビーチボーイズは聴く気がなくなったと言い、それに対して「僕」がそれ以降のアルバムである「20/20」「ワイルド・ハニー」「オランダ」「サーフズ・アップ」などは聴く価値があると説いている。
ちなみに、「ダンス・ダンス・ダンス」というタイトルはビーチボーイズの曲ではなく、ザ・デルズの同名曲から取ったと、「
遠い太鼓」に書かれている。
村上モトクラシ大調査の「
6月28日(火) 村上春樹さんメッセージ」によると、「20/20」のオリジナル盤の可能性のあるレコードを入手したもようだ。ビーチボーイズの所属するレコード会社は「20/20」をリリースした後、キャピトルからブラザー/リプリーズに変わった。
レコード・コレクターがオリジナル盤の収集にこだわるのは、再発売されたものや外国でリリースされたものは、オリジナル盤の劣化コピーであったりして音質に難があることがあるからだ。また、こういう複製芸術のオリジナルというのはアーティストが最初にリリースしたものであることにしておいたほうが話が簡単だ。
村上春樹がビーチボーイズを論じたものは翻訳ブレーンの柴田元幸らが編者を務めた「
ロック・ピープル101」で読むことができる。
さらに、ブライアン・ウィルソン選曲によるベスト・アルバム「
カリフォルニア・フィーリン」ではライナーノーツを書いている。
また、「
スメルジャコフ対織田信長家臣団」の中でビーチボーイズに関する書籍について、中山康樹の「
サマー・デイズ―ビーチ・ボーイズに捧ぐ」を薦めている。アルバムのレビューの正当性については留保しているものの、村上春樹自身もこの本を重宝しているようだ。
この「
スメルジャコフ対織田信長家臣団」でビーチボーイズのフェイバリット・アルバムとして、断言を避けながらも、「ペット・サウンズ」「オール・サマー・ロング」「サマーデイズ」「トゥデイ」あたりをあげている。
今や、ブライアン・ウィルソンは天才ということや、「ペット・サウンズ」は名盤ということが常識になっていて、「
ペット・サウンズ・セッションズ」という4枚組のボックス・セットが発売されたりした。
1997年にこのボックス・セットを特集した萩原健太のNHK-FM ポップス・グラフィティに出演した山下達郎はビーチボーイズ再評価の最大の功労者の一人でありながら、ペットサウンズが異様に神格化されていると異議を唱えた。やたら暗い面が強調されることを危惧しているのだ。
ビーチボーイズは暗いから素晴らしいなどと、変な理解をしてしまわないよう気をつけたほうがいいだろう。